記事からわかること
- 中世ヨーロッパの紙の歴史
- 中世ヨーロッパの紙と羊皮紙の違い
- 中世ヨーロッパの本が高い理由
Contents
中世ヨーロッパの紙の歴史
中国で発明された『紙』はシルクロードを経由して中東からヨーロッパにもたらされた。
12世紀頃にはイタリア・スペインへと伝播し、後にフランス、ドイツ、イギリスへとヨーロッパ中に広がっていった。
当時の中世ヨーロッパでは以前から使用していた『羊皮紙』が公文書として利用出来るモノとして、神官および支配者階級に普及していた。
そのため、中国で発明され新たに伝わってきた『紙』というのは、古着を叩いてすり潰した木綿製の粗悪品だったため「薄くて破れやすい」という理由から「信用にならない」ものとして公文書などには使用されなかった。
また、当時の中世ヨーロッパで使われていたペンは硬いペンであった。
『紙』は硬いペンで書きにくかったことも受け入れられなかった要因の一つだろう。
しかし、15世紀にグーテンベルクによる活版印刷が実用化されるとペンでは書きにくかった『紙』も木材から直接繊維を取得し、利用する方法が確立される。
結果、活版印刷による大量生産で低コスト化。『紙』への需要が高まり、次第に羊皮紙は衰退していくことになった。
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中世ヨーロッパにおいて「紙」とは?
中世ヨーロッパにおいて「紙」といえば、主に以下の2つを指す。
- 紙(以下、中国紙と記載)
- 羊皮紙
上記のモノ以外でも「紙」として利用していたパピルスなどもあったが、パピルスはエジプトから輸入するしか他になかったため、各地で国内生産可能かつ長期保存可能な記録媒体として『羊皮紙』が中世ヨーロッパでは主流となった。
その中でも、中国で発明された『中国紙』は時代を経て、大量生産されるようになると普及するようになった。
中世ヨーロッパの『紙』と『羊皮紙』の違いは?
中世ヨーロッパにおいて、同じ「紙」という部類に入る『中国紙(紙)』と『羊皮紙』。
その違いは、原材料から加工手順に至るまで、全てが全く異なる2つの記録媒体。
特に両者が持つメリットとデメリットが違う。
メリット | デメリット | |
羊皮紙 | 破れにくい、1,000年以上も保管可能な高い耐久性、高い防水性、修正が容易 | 分厚い、高価、大量生産できない、印刷には不向き |
中国紙(紙) | 薄い、安価、原材料によっては大量生産ができる、印刷に便利 | 破れやすい、原材料によっては長持しない、耐水性がほぼ無い、修正が困難 |
『中国紙(紙)』の原材料
例えば、『中国紙』の原材料は基本、樹皮原料(竹などの混ざり物を含む)で作られていた。
しかし、中東やヨーロッパでは木というのは貴重な資源だったため、中東などのイスラムでは亜麻を利用していた。
中世ヨーロッパにおいても『中国紙』の原材料は古着をすり潰した木綿製だったため、粗悪品として普及はしなかった。
『羊皮紙』の原材料
羊皮紙の原材料は、主にその地域で獲れる獣から作るため、特定の原材料は特段ない。
しかし、中世ヨーロッパでは主に羊や山羊、仔牛などから作っていた。
なお、中東でも中世ヨーロッパと同じように羊や山羊などから作っていた。
また、加工手順においても両者には違いがある。
『中国紙(紙)』の加工手順
『中国紙』は主に、原材料を細かく細断し、灰汁で煮る。
その後は繊維を取り出して、臼でひき、水の中へ。
最後は、枠の張った紙すきで水に溶け込んだ繊維を均一になるように掬い上げて、乾燥させれば『中国紙』は完成。
『羊皮紙』の加工手順
『羊皮紙』は、先に原材料となる毛皮をよく洗い、石灰を含んだ水へ入れて数日、寝かせる。
この際、1日に2〜3回は木の棒などでかき混ぜていく。
そして、石灰を含んだ水が茶色く濁ってくる。
この際、棒などで毛を掬い取ってつるんとはがれたらちょうど良い感じになり、次の工程へ進む。
なお、ここで放置すると皮に穴が空いたり、皮がドロドロに溶けてしまうなど紙としての機能を失ってしまう恐れがあるため管理が重要。
毛皮がちょうど良い具合になると次はせん刀というナイフで内側に残っている肉や脂肪を削ぎ落とし、外側にある毛も削ぎ落とす。
ここまで終わると、またも石灰水に入れて約1週間浸す。
その後はまたも真水に2日間浸して、取り出す。
取り出した皮に紐を取り付けて、木枠で張り、半月刀で表面を削る。
最後には、乾燥させて表面を滑らかにして、適切な大きさに切り分けるとようやく『羊皮紙』が完成する。
というように、『中国紙(紙)』の方が加工がしやすく大量生産が可能だった。
一方で『羊皮紙』は各々の作業において職人と呼べるほどの技量を持った人が各々分業して3週間に渡り、作業しないと生産できないモノだった。
また、一頭あたり子羊なら4枚、大人の羊なら6枚程度の紙(現在のA4サイズ)しか生産できなかったため、非常にコストがかかる品物だった。
中世ヨーロッパの本が高い理由
中世ヨーロッパにおいて紙とは、『中国紙』と『羊皮紙』の2種類が存在し、どちらも紙としての値段が高かった。
これは比較的安価である『中国紙』でも同じように言えることだった。
その理由として『羊皮紙』は加工の難しさや一度に生産できる量に限りがあった為であり『中国紙』は消費者が少なかったことが原因と考えられる。
実際、当時中世ヨーロッパにおいては庶民の識字率は低く、全国の識字率が10%も行けばかなり優秀と言えるくらい絶望的なモノだった。
そのため、必然的に紙の消費者は識字率の比較的高い、貴族か神官がほとんど。
貴族、神官以外では、一部の高級官僚や帳簿人、裕福なパトロンがいる有名な画家などが消費者として存在した。
しかし、比較的裕福な貴族や神官などは品質の悪い『中国紙』を利用することは少なかった。
特に貴族や神官が使うことが多い本というのは基本的に羊皮紙で作られた。
加えて、貴族が買うような本には豪華な装飾が施されることがあり、本の価格には装飾代も含まれることがあった。
本の購入方法と値段
そして、本を手に入れるためには2種類の方法があった。
- 所有者から直接購入する
- 本をレンタルし写本させてもらう
上記の2種類のうち、中世ヨーロッパでは写本が最も一般的な本の購入方法だった。
①所有者から直接購入する
この場合、所有者の付ける値段は原材料と希少さ、持ち運び料などが加算されたモノだった。
例えば、本の原材料が『羊皮紙』であれば、それだけで数百万円となった。
ここに、本の内容が希少なものであった場合には、プラスαとして料金に上積みされた。
さらに、本を元あった都市から自分の住む都市へ運ばせた場合であれば、運ぶ手間賃も上積みされた。
②本をレンタルして写本する
購入したい本が高すぎる場合において、取られた手法であったが、本を買う方法の最も一般的なモノだった。
中世ヨーロッパでは、本は購入するよりはレンタルが主流であり、各ページごとに0.5〜1ペンス(13世紀中頃)のレンタル料が発生した。
これは現代価格で、各ページ毎に1,500〜3,000円のレンタル料がかかった事になる。
加えて、1年間でのレンタルだったため元となる本が分厚く枚数が多いほど、写本は高くなった。
ちなみに、写本は1冊書き写すのに約15ヶ月ほどかかったため、余程分厚い現代の辞書のような本ではない限り、1年間でのレンタルが主流だった。
中世ヨーロッパの記録媒体 “紙・羊皮紙編” まとめ
中世ヨーロッパにおいて『中国紙』『羊皮紙』が高かった理由は以下の2つがある。
- 製作時間および制作費が高い『羊皮紙』がメインで使われていたため
- そもそも消費者が少なかったため
上記の2つが中世ヨーロッパにおいて「紙」が高かった要因ではあったがその一方で受けた恩恵というのは大きい。
というのも『羊皮紙』は価格こそ高いが、書類仕事が多い領主や君主からすれば然程高すぎるなんてことはない。
むしろ、品質を問わなければ基本地方でも作れる品物であったため、紙に困るなんてことは基本はなかった。
加えて「紙」は基本的に記録するものだったため、記録する必要性があまりなかった当時の庶民にとって「紙」の値段は特段気にする必要はなかった。
そのため『中国紙』が中世ヨーロッパに伝播しても、すぐさま花開くことがなかったのは『羊皮紙』によってすでに消費者の需要を満たしていたためだった。
実際『中国紙』がヨーロッパにおいて花開くようになったのは、活版印刷が開発されて以降だった。
活版印刷の導入でそれまでは貴重だった本が一気に大量に作れるようになったことで『中国紙』に注目が集まった。
それからというのは大量生産による低コスト化が完了し、『中国紙』は「紙」として認識されていった。