
「馬車って実際にどのくらいの速度で進むのだろう?」
「徒歩より速いのか、遅いのか。よくわからない。」
そんな風に気になっていませんか?
中世ヨーロッパの移動手段として使われていた馬車。
正直言って、現代の感覚だと“馬車がどのくらいの速さなのか?”がイメージしにくい。
実は、馬車の速度はその種類や用途によって大きく異なる。
それこそ、思っているより遅いこともあれば、意外と速いこともある。
そして、“馬車の平均速度”を知ってもらえれば、馬車の速度がどのようなものかわかるようになる。
また、「馬車が1日でどのくらい進めるのか」といった移動距離のイメージも自然と掴めるようになる。
当記事では、種類ごとの違いをもとに「馬車の平均速度」や実際の移動速度をわかりやすくお伝えする。
▶️ 中世ヨーロッパの馬車を解説!貴族用・商人用で馬車は何が違った?
Contents
記事からわかること
- 馬車の移動速度
- 道路状況で変わる馬車の速度
中世ヨーロッパの馬車は時速4〜14km!
馬車の速度は「牽引する馬の数」や「馬の能力」などによって大きく異なった。
しかし、基本的には馬車2〜4頭で牽引することが多かったため、おおまかにであるが時速4km〜時速14km程度だった。
特段、馬車は連続して移動することが困難だった。
そのため、定期的に馬を休ませるために、休憩をとることがあった。
それでも、馬車は速く貴族用の馬車である《コーチ》を例にすると以下のように移動できた。
| 時速 | 補足 | 速度イメージ | |
| 常歩 (ウォーク) |
6km/h | 2時間歩いて30分の休憩で、1日中行動可能 | ジョギングする一歩手前の速度。 同行者と会話して汗ばんでくる速度。 |
| 速歩 (トロット) |
15km/h | 連続1時間が限度 | 自転車(ママチャリ)での平均的な速度。 |
| 駆歩 (キャンター) |
20〜30km/h | 20〜30分が限度 | 原付一種の法定速度。(30km/hが上限) |
| 襲歩 (ギャロップ) |
60km/h | 5分が限界 | 一般道(高速除く)で走る自動車の最高法定速度。 |
馬車が1日で移動できるのは約20〜30km!
そんな馬車であるが、1日でどれほど移動できるかは積載量によって大きく異なる。
例えば、荷物などが多い場合、人を乗せるだけの場合と比較して、遅くなることは当然のようにあった。
加えて、馬車の移動距離などは、道路状況にも異なるので、正直なところ一概にはいえない。
とはいえ、移動する場合はおおよそ1日移動できる速度となる時速4kmで、8時間の移動をするものだった。
この時の距離がおおよそで20〜30kmほどであった。
ただ、馬の状態や天候、気温なども考慮しなければならないので、実際には思った以上に進めないことも多くあった。
また、馬を変える前提で行けばより遠くに行くことは可能だった。
馬を変える前提で、1日移動できる距離は基本的には40〜60kmでそれ以上は、難しかった。
そんな中でも、馬車に乗る貴族は基本的に野宿することはなかった。
そのため、宿場町が都市部から20〜30kmほどの距離に必ずあり、そこで休息を取った。
遠方へ行くなら「馬は途中で乗り換える」のが当たり前!
特段、貴族が自分の領土である辺境から王のいる王宮へ登城するという場合、かなり苦労した。
それこそ、定期的に馬を乗り換えて行くことが当たり前だった。
これは、馬を酷使することができなかったためだった。
そのため、疲れた馬をどこかに預け、代わりに元気な馬に乗り換えた。
そうすることで、常に一定の速度以上に馬が動くので、従来よりも速く到着することができた。
王侯貴族の馬はやはり速い
では、馬を乗り換えるほど、王侯貴族の馬は遅かったのか?と言われるとそうではない。
むしろ、王侯貴族の馬は比較的、能力値の高いものだった。
実際に、馬の中でも貴族の馬と一般的な馬(騎兵用の馬)では貴族の馬の方が早いことが多々あった。
むしろ、早馬などのような任務に就く馬と同じくらいの能力を保有した馬を王侯貴族は購入した。
ただ、現在とは異なり、馬の能力値は当時の調教師の感覚だった。
そのため、場合によっては敵兵の馬の方が王侯貴族の馬より早いなんてこともあった。
旅人・商人は最短1日で都市間移動した!
正直、中世ヨーロッパの旅人や商人がどれほどで都市間移動したかについては明確に答えられない。
というのも、現在地と目的地の距離。
道路状況、地形や障害物、移動中のトラブルなどによってその日程が大きく異なるためである。
しかし、確実に言えることがあるのは、よほど重要な交易でなければ、旅人も商人も1日で移動できない場所には向かわなかった。
それこそ、毎日別の村や町、都市を経由して目的地となる都市へ訪れたというのが正しい認識。
実際に旅人も商人も野宿ではなく、温かい食事を摂り雨風を凌げる建物で寝たい。
そのため、1日以上かかる場所へ基本的には行かなかった。
ただトラブルなどで遅れ、次の都市へ到着する前に都市の城門が閉まう場合には、諦めて野宿することがあった。
馬車VS早馬の速度差
馬車は早馬と違い、車体をもつために遅い。
しかし、馬車も早馬のように車体を乗り換え、馬を乗り換えれば早馬ほどではないにせよ、速く移動できた。
2,700kmを7日で走破する早馬の速度!
早馬の記録としては、以下のようなものがある。
古代ペルシャ帝国において存在した「王の道」の早馬は辺境から皇帝のいる首都までの約2,700kmを約7日で走破した。
とはいえ、これは馬も乗り手となる人物もバトンパス形式で乗り換えて行われたもの。
また、2,700kmほどの距離は日本で言うところの鹿児島〜北海道までの距離とほぼ同等。
つまり、早馬の速度は【1週間で日本縦断が可能なレベル】である。
そう考えたら、どれほど早馬が早いかが分かる。
環境が整っていて、変える馬と人がいた場合、早馬がいかに早いか想像できるだろう。
駅馬車の凄さ
早馬の例のように、馬車も馬を取り替え、馬車の車体も乗り換えれば早く移動することもできた。
ただ、そのためには等間隔に換えの馬と換えの馬車が必要だったため、整備するのが大変だった。
そんな大変な労力をかけて生まれたのが、駅馬車だった。
駅馬車は早く、遠方に移動することができる手段としては便利であった。
ただ、それでも馬車には定員制限があるため、大勢の人を行き来させることが難しい面もあった。
道路状況で変わる馬車の速度
馬車は、路面状況(道路状況)でその速度が大きく異なる。
場合によっては、馬車で行くよりも歩く方が早くつくなんてこともザラにあった。
とはいえ、馬車は整備された道では中世としては比較的早く移動することのできる乗り物であったので、便利ではあった。
徒歩より遅い?雨上がりの馬車
馬車が出た当時は、木製の車輪をそのまま利用した。
そのためか、雨上がりのぬかるみは馬車が必ずハマってしまっていた。
ぬかるみから馬車を出してもまた直ぐに別のぬかるみにハマるため、雨上がりには馬車はあまり使えなかった。
それこそ、人が歩く方が目的地に数日早く着くこともあるほどだった。
坂道は馬車から降りて歩くのが当たり前!?
そんな馬車であるが、登り坂だと乗客を下ろすことも当たり前のようにあった。
これは、登り坂で馬が疲弊しないための配慮として行われていた。
とはいえ、危険性が高い登り坂や歩くことが困難な場合はその限りではなく、後ろから押してサポートすることもあった。
実は使えないこともある馬車の通り道!
意外かもしれないが、馬車は整備されていない道は基本的に通れなかった。
これは整備されていない道で小石や小さな段差などがあったら横転するリスクが非常に高かったためだった。
そのため、馬車は整備された街中や都市部でのみ利用されることになる。
それでも、都市の外に出る場合には定期的に整備点検を行い、故障箇所がないか確認する必要があった。
最悪、馬車を乗り捨てるということもあったが、これは本当に最終手段だった。