この記事からわかること
- 中世ヨーロッパの攻城戦について
- 中世ヨーロッパの攻城戦の目的
- 中世ヨーロッパの都市攻略
- 中世ヨーロッパの攻城戦後の影響
中世ヨーロッパの攻城戦とは?
中世ヨーロッパの攻城戦と聞けば、城壁に攻め込む兵たちや巨大な攻城兵器を連想する人もいるだろう。
確かに、中世ヨーロッパの攻城戦ではそういった面はあった。
しかし、実際の攻城戦は一般的な戦いではなく、むしろ最終手段的に用いられる戦いだった。
だが、最終的に選択する戦いだったにしても、攻城戦の影響は戦争の行方を左右するほど巨大なものだった。
実際、城や城郭都市が至る所に点在していた中世ヨーロッパにおいて、攻城戦は重要な戦いだった。
では、今回はそんな「中世ヨーロッパの攻城戦について」例を用いながら解説しよう!
都市攻略の前に
攻城戦に限らず、全ての軍事行動には意味がある。
というのも、軍隊という生き物はそれだけで出費が大きいものであり、国家もしくは支配者に多大な影響を与えるからだ。
そのため、攻城戦にも支配者や国家による何かしらの理由があるはずだ。
その理由を明確化した上で攻城戦に挑むのが何よりも先にしておくべきことだ。
中世ヨーロッパの攻城戦の目的とは?
ただ、理由を明確化しろと言われてもいまいちピンとこないだろう。
特殊な場合を除いた通常の話をすると、攻城戦には次のような目的があるはずだ。
攻囲軍(侵攻軍)にとっての目的は以下の5つある。
- 軍事的観点からの要所の確保
- 地域の支配
- 富や物資の略奪
- 君主(貴族)の捕獲
- 兵の損失防止
また、守備軍(防衛軍)にとっての目的は以下の3つだ。
- 兵の損失防止
- 時間稼ぎ
- 野戦での勝利が難しい
とはいえ、必ずしもそうであるとは限らない。
今回は分かりやすいように『地域の支配』を目的として話を進めていく。
攻城戦の目的について、より詳しい話をすると長くなってしまうため、ここでは割愛させていただく。
下記のリンクで『攻城戦の目的』について解説しているため、攻城戦の目的についてより詳しく知りたい、気になるという人がいるのであれば、見てみるのをオススメする。
中世ヨーロッパの攻城戦に向けて
さて、目的を明確化した上で攻城戦をすると決めた場合、戦いを開始する前に準備すべきものがある。
攻囲軍(侵攻軍)に必要な準備
- 食料
- 動物(運搬用・食用)
- 戦略物資(鉄や建築用木材)
- 職人(攻城兵器を制作できる職人、攻城兵器を運用できる職人)
- 兵力
- 士気
守城軍(防衛軍)に必要な準備
- 食料
- 飲み水の確保
- 戦略物資(鉄や木材、石)
- 不要な人員の移送
- 士気
攻囲軍(侵攻軍)の場合、どのくらいの兵力と時間があるのかによって、何がどれくらい必要かが決まる。
守城軍(防衛軍)の場合、どのくらいの時間が必要かによって、何がどれくらい必要か決まる。
とはいえ、攻城戦をするのであれば、最低でもこれらが必要だ。
今回は、攻囲軍(侵攻軍)として、攻城戦を行うと想定して話を進めていく。
なお、守城軍側の話は下記のリンクから別途、解説しているため合わせて読むことをオススメする。
中世ヨーロッパの攻城戦に必要なモノ① 食料
まず、食料については当然だ。
攻城戦は1日で終わるようなものではない。
包囲するのであれば、包囲期間中は常に侵攻軍全体を賄える食料が常に必要だ。
中世ヨーロッパではこういったことも考えて、収穫前となる初夏あたりで包囲を行うことが多かった。
実際、城に籠った守城軍を前に攻囲軍は見えるように食事を楽しむことで敵の士気を下げさせたこともあった。
中世ヨーロッパの攻城戦に必要なモノ② 動物
中世ヨーロッパには当然ながら、トラックなどはない。
故に、攻囲軍に戦略物資を運ぶ際には、人か動物しかいないかった。
人は遅く、持てる量も限られたため、動物がよく用いられた。
特に用いられた動物は牛や馬。
牛は速度こそ出ないが力が強く、重たい物資やより多くの物資を運ぶことに適していた。
加えて、牛はいざという時の歩く食料であったため、運搬用には最適だった。
馬も速度、力強さの面では、物資を運ぶことに利用されたりしたが、当時の馬というのは大変貴重なものであったため、運搬用の馬は限られた。
中世ヨーロッパの攻城戦に必要なモノ③ 戦略物資
次は戦略物資であり、主に鉄や建築用木材の補充がメインだ。
鉄は攻囲軍・守城軍ともに武器や鎧を修理する際には必要なため、攻城戦においては常に消耗するものだった。
また、建築用木材については、矢や投げ槍の柄を作るのに必要であったり、攻城兵器を制作するのに常に必要だった。
守城軍にはさらに石などを城壁の至る所に保管して、攻囲軍の侵攻に備えたりした。
中世ヨーロッパの攻城戦に必要なモノ④ 職人
職人は攻城兵器の制作から一部運搬と運用、武器や鎧の修理に至るまで、ありとあらゆる専門的な知識が必要なところに動員するために必要な存在だった。
当時の兵士は、普段はおとなしく故郷の農地を耕す農民が武器を取って立ち上がったもしくは徴収された者たちだったため、専門的な知識は一切なかった。
それこそ、戦闘に関する知識すらなかった場合もあった。
そのため、武器や鎧を修理するために鍛冶職人、矢を作るための矢細工職人、攻城兵器などを制作するために大工職人などの人材を用意しなければ、攻城戦は行うことはできななかった。
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中世ヨーロッパの攻城戦に必要なモノ⑤ 兵力
攻城戦は兵力が最も重要だった。
「攻城戦において、攻め側は防御側の倍以上の兵力を用意できなければ負ける」ことは、当時でも感覚的に知られていた。
しかし、中世ヨーロッパでは敵よりもより多くの兵力を集めることは難しかった。
そのため、いかに兵力を動員できるかによって攻城戦の難易度が変化した。
中世ヨーロッパの攻城戦に必要なモノ⑥ 士気
最後として士気も重要なモノだった。
というのも、攻城戦は攻め側も防衛側も共に神経をすり減らしながら行う神経戦だったからだ。
攻城戦において将軍は、兵士一人一人のメンタルケアを行いつつ、限られた時間で最小限の労力を使い、最大限の成果を上げることが常に求められた。
都市の攻略に向けて
さて、準備は整った。
食料は溢れるほど用意し、戦略物資も攻城兵器も用意した。
兵力も大動員し、兵士一人一人の士気も申し分ない。
というところまで行くとようやく、攻城戦が始まると行って過言でもないだろう。
まず、取るべきは4つの選択肢だ。
- 上から攻める
- 下から攻める
- 包囲する
- 調略する
攻城戦を行う以上は戦術が必要だ。
なぜなら、物資や兵員、時間は無限ではない。
そのため、いずれかの選択をする必要性がある。
都市攻略の戦術① 上から攻める戦術
さて、1つ目の『上から攻める』は、主に兵力による波状攻撃と攻城兵器による攻撃がメインだ。
最も早くてシンプルな戦い方ではあるが、犠牲が最も大きいのも特徴だ。
圧倒的な兵力や巨大で強大な攻城兵器を持っているのであれば、この選択肢を取るのもいいだろう。
都市攻略の戦術② 坑道戦術
2つ目は、地面の『下から攻める』。坑道戦術だ。
坑道戦術は主に2つ存在する。
それは隠し通路を作るための坑道なのか、それとも城壁を破壊するための坑道なのかによって変化する。
仮に隠し通路を作るための坑道であるのであれば、主に自軍陣地から掘り進めて、敵の都市下近くまで掘り進めていく。
そして、都市の内部まで坑道を貫通させれば、坑道経由で味方の兵力を都市内部に展開できるようになる。
これは自軍兵力を都市内部に展開できる反面、見つかったら敵に坑道を埋められてしまう問題点もある。
中世ヨーロッパにおいて最も使われたのは、城壁を破壊するための坑道掘り戦術だ。
これは敵の城壁真下まで坑道を掘った上で、坑道内に藁などを詰めて燃やし、坑道を支える木材を一気に燃やす。
このことによって坑道の上にある城壁が一気にバランスを失い崩れることとなる。
この崩れた城壁に対して突撃し、都市内部へ攻め入ることが下から攻める事だった。
だが、これも問題がなかったわけではない。
坑道を掘る最中はうるさいことが多かった。
そのため、作業音を誤魔化すために太鼓を叩いたり、敵軍に向かって挑発する言葉を叫んだり、太鼓など騒音を起こしたりといった行動がとられた。
また、坑道から土を敵軍に知られずに運ぶことができたのは夜だけであるため、坑道掘りは時間がかかる戦術でもあった。
加えて、見つかりやすいものでもあった。
守城軍(防衛軍)も馬鹿ではない。
攻囲軍(侵攻軍)が何もしてこないでただ待っているだけの状況下で防衛側がおとなしくしていることはない。
むしろ、そう言った時こそ、坑道が掘られているのでは?と考える人が防衛側で現れる。
そうなれば、即座に対策を取られてしまう。
都市攻略の戦術③ 兵糧攻め
3つ目は、包囲による兵糧攻めだ。
自軍が圧倒的な食料と兵力、そして士気があるのであれば、最も犠牲が少ない安全な方法だろう。
しかし、兵糧攻めは最悪で年単位の時間がかかる。
特に都市を攻める前に食料などを備蓄されていた場合は余計に時間がかかってしまう。
そうなってしまえば、逆に自軍が危うくなる。
いつ終わるかもわからない戦いが常に続いていくからだ。
このような状態を兵士がいつまでも耐えられるとは限らない。
中には、耐えかねて脱走する人もいるかもしれない。
そのため、兵糧攻めは必要最低限に、心理的な圧力を与える程度に留めておき、他の戦術と組み合わせるのがベストだ。
都市攻略の戦術④ 調略
何も剣を交えることが戦いの全てではない。
中には剣を交えない戦いもある。
それは、調略だ。
裏切り者を事前に都市内部へ侵入させることで都市内部から様々な工作を行い、外にいる自軍に有利な状況と作り出すのも一つだ。
守城側の城の明け渡しを条件に、命の補償など寛大な処置を行うことを約束した上で降伏を催促すれば、お互いに兵の消耗を抑えたり、時間を取られるなんてことにはならない。
だが、最もしてはならないのが、無条件降伏を要求することだ。
その理由は、敵が文字通り、死に物狂いで戦うことを決意する確率が高かったからだ。
攻囲軍(侵攻軍)に圧倒的な武力がある場合でも、無条件降伏を行うことはなかった。
というのも、それだけ敵が本気になれば痛いしっぺ返しを喰らうことになるのは自分たちであることがわかっていたからだ。
そもそも中世ヨーロッパにおいて、降伏とは“無条件降伏”を指すのではなかった。
では、どのような降伏が一般的だったか。
それは、条件付きの降伏だった。
守城軍(防衛側)がこれ以上の籠城は無意味と考えた場合などにおいて開城の条件として以下のものを要求した。
- 命の保証
- 城や城壁などの補修・維持
- 人員の扱い
なお、場合によっては守城軍でも私的財産の保証なども盛り込まれることがあった。
逆に攻囲軍(侵攻軍)は守城軍(防衛軍)に以下のものを要求した。
- 武器などの軍需物資の引き渡し
- 宝などの公共及び私的財産の引き渡し
- 貢納や賠償金の支払い
- 都市支配権(服従)
これらの条件を戦闘継続と天秤にかけて、何を要求し、何を妥協するのかを考えて条約を結ぶことが調略だった。
中世ヨーロッパの攻城戦後の影響
紆余曲折を得て、なんとか城を攻め落とすことに成功し守城側が降伏したとしよう。
では、攻城戦後はどのようなことが起こり得るのか。
まず考えられるのは、軍事技術の発展だ。
攻める側は常に、より楽に攻める方法を考え、守る側が常により守れる方法を探すというもの。
例えば、大砲の発展などはそうだろう。
大砲の登場で当時の垂直な城壁は意味をなさなくなったが、大砲に対抗すべく星型の城や土塁が発展した。
また、政治的な勢力図も変化することになる。
新しい土地を手に入れたということは、その土地を統治する人物が必要だということ。
中世ヨーロッパでは、最も活躍した人物に対して褒美を与える形で新しい土地を分配したり、王が直接統治したりした。
まとめ
ここまで長く話してきた中世ヨーロッパの攻城戦ではあるが、改めてここに記していくことにする。
中世ヨーロッパの攻城戦とは、守城軍(防衛軍)と攻囲軍(侵攻軍)にとって最後の手段として取られた戦いであり、重要な戦いだった。
また、攻城戦には事前の準備と戦術が必要だった。
そして、攻城戦は戦術の違いによっては多大な犠牲や時間などがかかってしまっていた。
攻城戦後は、侵攻側はより楽に攻め落とせるとように、防衛側はより攻めづらくするべく、技術的な発展を遂げていった。
加えて、攻城戦は時として政治的な勢力図の変更などがあり、変更後に実りを得るにはさらに時間がかかった。